1960年代に入るとバルベロ1世の息子マルセロ・バルベロ・イーホ(1943~2005)がスタッフに加わり、同じ工房でそれぞれが製作を担当するシステムを確立します。アルカンヘル自身のラベルによるものはクラシック、フラメンコそれぞれ一貫してワンモデルのみを製作。それ以外には工房品(「Para Casa Arcangel Fernandez」ラベル)としてバルベロ・イーホやマヌエル・カセレス、ペドロ・バルブエナらが製作を担当しての出荷もしています。この「アルカンヘル工房品」として出荷されたものも完全手工品であり(ラベルには担当製作者の個人名がプリントされています)、極めて高いクオリティのもので評価も高く、現在中古市場でも人気のアイテムとなっています。
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:ポリウレタン
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 3.0mm /6弦 4.0mm
[製作家情報]
アルカンヘル・フェルナンデス Arcangel Fernandez 1931年スペイン、マドリッド生まれ。
マヌエル・ラミレス、サントス・エルナンデスから続くマドリッド派の哲学を真に継承し、頑ななまでにそれを護り通したほとんど唯一の職人であり、その芸術性においても極点を示した20世紀後半のスペインを代表する製作家です。
少年時代は映画俳優志望で実際に数本の映画にも出演、13歳になると家具職人として働くことになり、同時にフラメンコギターの演奏も始めるようになります。かなりの腕前だった彼は兵役後プロギタリストとしての道をまずは模索しますが、1954年に当時サントス・エルナンデス(1874~1943)の後継者とされていたマルセロ・バルベロ1世(1904~1956)の知己を得てその工房に足繁く通うようになると、この名工のすすめ(というよりバルベロ自身の希望もあって)で弟子となりギター製作を学ぶことになります。アルカンヘルは師の作るギターに強い興味を抱くようになり、持ち前の探求心で加速度的に製作の腕前を上げ瞬く間に職人として成長してゆきますが、バルベロは1956年に52歳の若さで他界してしまいます。わずか2年間に学んだことを糧に、唯一の弟子であったアルカンヘルはバルベロの残された注文分のギターをすべて製作した後、1957年に師の工房の近くヘスス・イ・マリア通りに工房を設立し、自身のブランドをスタートさせます。この創業時からアルカンヘルの職人としての充実度はすさまじいほどで、造作と音響の両方において若さゆえの甘さなどみじんもなく、透徹した精神が隅々まで行き渡った名品を作り出します。
1960年代に入るとバルベロ1世の息子マルセロ・バルベロ・イーホ(1943~2005)がスタッフに加わり、同じ工房でそれぞれが製作を担当するシステムを確立します。アルカンヘル自身のラベルによるものはクラシック、フラメンコそれぞれ一貫してワンモデルのみを製作。それ以外には工房品(「Para Casa Arcangel Fernandez」ラベル)としてバルベロ・イーホやマヌエル・カセレス、ペドロ・バルブエナらが製作を担当しての出荷もしています。この「アルカンヘル工房品」として出荷されたものも完全手工品であり(ラベルには担当製作者の個人名がプリントされています)、極めて高いクオリティのもので評価も高く、現在中古市場でも人気のアイテムとなっています。
アルカンヘルの造作、木材の選定、そしてなによりも音響に対する一切の妥協を排した製作姿勢は彼の人柄もあいまって孤高の趣を呈し、楽器はそのあまりの完成度の高さゆえに、演奏者に非常な技術の洗練を要求するものとなっております。それゆえにこそ多くのギタリストを刺激し続けている稀有なブランドですが、2011年に製作を引退。現在ではますます稀少となっている名ブランドの一つです。
[楽器情報]
アルカンヘル・フェルナンデス 1971年製 クラシックモデル Usedの入荷です。ポリウレタンの塗装でやや濃い目のオレンジ着色がされた松の表面板などの外観的仕様は同じスペイン、マドリッドで当時マーケットを席巻していたホセ・ラミレスの影響が見て取れ(実際にアルカンヘルは’Para Casa Arcangel’ ラベルで同じ工房のマルセロ・バルベロ・イーホをはじめ、マヌエル・カセレスやペドロ・バルブエナなどラミレス工房での優秀な職人を採用して工房品の拡販を行っていたなどマーケティング戦略的にもかなり共通する部分、というかアルカンヘル本人のラミレスへの目くばせを強く感じさせるところが多くあります)、同時に内部構造においても彼の定石となっている力木構造(師マルセロ・バルベロ1世から受け継いだもの)とは異なるものが本作では採用されています。横裏板はブラジリアン・ローズウッド仕様ですが、アルカンヘルがクラシックモデルの基本仕様として設定していたブラジリアン・ローズウッドは彼自身の厳しい選定を経たどれも極上のもので、本作のブラジリアンもやはり素晴らしく良質なものがセレクトされています。
アルカンヘルの力木配置は基本6本(フラメンコは5本)の表面板のセンターに寄り添うようにして配置された強固な扇状力木と広く間をあけたクロージングバーで、これがあの独特の強い粘りと比類ない密度を持った発音につながってゆくのですが、本作では扇状力木は左右対称7本が設置され、その一本一本はサイズもおよそ半分になっています。ボトム部にはこれらの先端を受け止めるようにハの字型に配置された2本のクロージングバー、駒板位置にはほぼ横幅いっぱいに設置された薄い補強板で、これらの部品もやはり厚みなどのサイズを小さくしたものを設置しています。サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)のハーモニックバーは各一本が設置され、こちらは本数もサイズも通常通りの仕様となっています。レゾナンスはGの少し上に設定されています。
アルカンヘルらしい、音圧のあくまでも自然な高さとその迫力、「揺るぎない」重心設定と低音~中低音~高音の自然で完璧なバランスがまずは見事。やや強めの粘りと反発感をもった発音は撥弦の瞬間に充実し整った音像となって現れ、その点としての持続の濃密さゆえに旋律が実にすっきりと、しかし有機的に線としてのうねりを生み出してゆきます。響箱が十全に鳴っていますが余計なエコー感はなく、そしてそれゆえに和音や多声メロディーにおける各音各声部のアイデンティが際立ち、それが上述の完璧な音響バランスの中で表れてくるので、奏者の楽曲の和声的な構築と彫りの深い表現の要求に十全に応えてくれます(これはアルカンヘルのギターすべてに共通する音響機能的特徴だと言えます)。決して華美に過ぎず渋めの音色ですが、その繊細な変化の中にスペインギターならではの叙情がたっぷりと聴かれる(表現できる)ところがなんとも心憎い。
先述の構造的な相違からか、本作ではアルカンヘルの、あのあまりの適切さゆえに一切の妥協を排したようなストイックな厳しさとは趣を異にして、音像にはやや角の取れたふっくらとした触感があり、発音における反発感も比較的に軽めなものなので、どこか柔和な優しさを感じさせる魅力的な一本となっています。
割れなどの大きな修理履歴はありません。表面板は指板両脇やボトム付近に打痕やスクラッチ痕が数か所あります。駒板下部分に保護シートの脱着跡がかすかに残っています。横裏板は演奏時の衣服による摩擦あとがわずかに見られるほか、胸の当たるエリアに保護シートの脱着跡がかすかに残っていますが外観を損ねるほどではありません。ネック裏は全体に若干の塗装の擦れがあり一部に剥がれがありますが問題のないレベルと言えます。ネックはとても良好な状態を維持しています。フレットは1~7フレット(特に1~2フレット)で摩耗見られますが現状では演奏性に影響はなく継続しての使用に問題はありません。ネック形状はDシェイプのやや薄めのフラットな形状でコンパクトなグリップ感。弦高値は3.0/4.0mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は2.0~3.0mmありますのでお好みに応じてさらに弦高を低くすることも可能です。重量は1.65㎏。
表面板のちょうど1弦12~19フレットの真下部分にはスリットが入れてありますが(指板の下に隠れた部分なので表からは見えません)、これは指板と表面板が接するエリアの木の伸縮による割れ防止のために製作時に意図的に処理されたもので、出荷後に生じたものではありません。