ネック:セドロ指 板:エボニー塗 装:セラック糸 巻:フステーロ弦 高:1弦 3.0mm /6弦 4.0mm〔製作家情報〕サントス・エルナンデス Santos Hernandez Rodriguez (1874~1943)スペインのマドリッド生まれ。バレンティン・ビウデスやイーホ・デ・ゴンザレスに師事し製作を学び、その後マヌエル・ラミレスの工房に入りました。そして1912年にマヌエル・ラミレス工房で製作した彼の楽器でアンドレス・セゴビアがマドリッドでデビューし、その後も長年愛奏した事は良く知られています。1921年には、マヌエル・ラミレスが亡くなったのを機に独立して、マドリッドのアドアナ通りに工房を開設。当時レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサやセウドニオ・ロメロ、ラモン・モントーヤ、ニーニョ・リカルド等多くのギタリストが訪れ、演奏やギター談義に花を咲かせ、ギター文化の中心的役割を果たしたその工房は、現在ロマニリョスの尽力によりシグエンサの博物館に移転されていて、当時の雰囲気を偲ぶことが出来ます。1943年に彼が亡くなった後は、弟子のマルセロ・バルベロがその後を継ぎ、更にアルカンヘル・フェルナンデスへと、マニア垂涎の楽器製作の技法は伝承され続けています。[楽器情報]サントス・エルナンデス 1939年 ブラジリアン・ローズウッド仕様のクラシックモデル、状態良好の1本が入荷致しました。Orfeo Magazineの著者である Alberto Martinez 氏による「Santos Hernandez ~Maestro Guitarrero~ 1874-1943」(Camino Verde 刊)によって、少なくとも日本では初めて、この製作家がいかに多様なスタイル(内部構造的、そしてロゼッタに顕著な外観デザインの両方において)で製作していたかを俯瞰することができたのですが、スペインギターの典型とされる音響を構築したと位置づけられるこの稀代の名工がかように多様な力木システムを発案していたのはやはり驚くべきことでしょう。当然のことながらそこにはいかに表面板を十全に自然に振動させ最大限の音響効果を得るかということの不断の探求が見て取れるのですが、興味深いのは同著に掲載されていた10本の例のうち1939年製のフラメンコモデルを除いてあとはすべてハーモニックバー2本、扇状力木7本、そして0~2本のクロージングバーの配置関係のヴァリエーションとなっていることで、そのほとんどに共通しているのは高音側と低音側とで非対称の配置が試みられていることです。詳細については同著を参照いただけたらと思いますが、まずやはりサントスにはトーレスそしてマヌエル・ラミレスにより完成された左右対称構造による音響設計を基本としながら、そこに上記の試みによって低音と高音にそれぞれの位相を生み出し、かつ全体の統一的なバランスを構築するという主眼が確実に存在していたと言うことができます。そしてこの試みはギターがいよいよ西洋音楽の構造原理と密接にリンクしてゆくことの嚆矢となります。本作1939年製はほぼ彼の晩年期の作と言えますが、前著に掲載されていたどの力木構造とも異なっています。まずサウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に1本ずつ計2本のハーモニックバーは同じとして、サウンドホールを囲むように貼り付けられた補強板はロゼッタと同じ円形ではなく角形をしています。扇状力木は7本でやはり左右非対称になっており、ボトム部のクロージングバーは高音側だけに設置されています。扇状力木はそれぞれの両端はサウンドホール下のハーモニックバーからもボトム部からも若干離れた位置に設定されており、駒板を中心として表面板下部の中央に寄り集まるような配置になっています。またクロージングバーのない低音側は高音側よりも力木の長さが顕著に短くなっており、特に一番外側の一本はすぐ内側の1本の半分ほど10cm程の短さになっています。レゾナンスはF#の少し下に設定されています。サントスが完成させたスペイン的音響とは、低い重心設定によるまさしく音響全体を支える低音から雄弁な中低音、そして「高さ」のクリアネスへと至る音響設計で、それぞれは異なる位相で鳴りながらも全体としての有機的な統一性があるというもの、とまずは定義することができます。加えて各音の(つまりすべての音の)非常な表現力で、これはやはり人間の声が基本になっていると思うのですが、これ以上ない繊細さからダイナミックさに至るその表情の豊かさも必須条件と言えるでしょう。本作はこの条件を十全に備えつつ、サントス後期特有のストイックなまでの音の密度が素晴らしい一本となっています。撥弦には強めのしかし心地良い反発感がともない、そこからあの弾性感のある魅力的な音像が瞬時に表れてきます。それは鳴っているというよりも在るという感覚に近いもので、声のような肌理を持ち、明と暗の表情を持つ、まさしく楽音と呼ぶにふさわしい深いニュアンスを備えたものとなっています。発音されたまま霧消してゆくような音ではなくしっかりとした質量があり、終止の瞬間まで充実しているので、自然に旋律は有機的なうねりを生み出してゆきます。あらゆる音楽的な身振りに俊敏に対応する機能性の高さ、多声音楽における対位法の明確な彫りの深い響きも見事。この「多様な」製作家にとってのスタンダードとなる一本だと明言することは控えますが、彼のあと、(直接の師弟関係はありませんでしたが)その唯一の直系と言えるマルセロ・バルベロ1世、そしてアルカンヘル・フェルナンデスへと続いてゆく美学の原型をしっかりと聴くことのできる名品です。製作年を考慮するととても良好な状態を維持した一本です。表面板は割れ修理の履歴はなく、おそらくかなり前に一度セラックによる上塗りなどはされた可能性はありますが、それにより現状では弾きキズ等はいずれも軽微で浅いものにとどまっています。サウンドホール縁近くに3mmほどの打痕を部分補修した跡が2か所ありますが外観を損ねるものではなくほとんど目立ちません。また横裏板もおそらく過去に再塗装がされた可能性はありますが、木目の節の隙間を部分的に補修した箇所が数か所、それぞれ小さなものですがあります。また高音側ボトム付近に7センチほどの割れ補修歴がありますが、適切な補修がされており、現状で問題ありません。やはり全体にきれいな状態を保っていると言えます。ネックはほんのわずかに順反りですが標準設定の範囲内、フレットも1~3Fでわずかに摩耗していますがこちらも演奏性には全く影響ありません。ネック形状はほぼラウンドに近いCシェイプでやや厚めの設定。弦高値は3.0/4.0mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は2.5~3.0mmあります。
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ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:セラック
糸 巻:フステーロ
弦 高:1弦 3.0mm /6弦 4.0mm
〔製作家情報〕
サントス・エルナンデス Santos Hernandez Rodriguez (1874~1943)スペインのマドリッド生まれ。バレンティン・ビウデスやイーホ・デ・ゴンザレスに師事し製作を学び、その後マヌエル・ラミレスの工房に入りました。そして1912年にマヌエル・ラミレス工房で製作した彼の楽器でアンドレス・セゴビアがマドリッドでデビューし、その後も長年愛奏した事は良く知られています。
1921年には、マヌエル・ラミレスが亡くなったのを機に独立して、マドリッドのアドアナ通りに工房を開設。当時レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサやセウドニオ・ロメロ、ラモン・モントーヤ、ニーニョ・リカルド等多くのギタリストが訪れ、演奏やギター談義に花を咲かせ、ギター文化の中心的役割を果たしたその工房は、現在ロマニリョスの尽力によりシグエンサの博物館に移転されていて、当時の雰囲気を偲ぶことが出来ます。
1943年に彼が亡くなった後は、弟子のマルセロ・バルベロがその後を継ぎ、更にアルカンヘル・フェルナンデスへと、マニア垂涎の楽器製作の技法は伝承され続けています。
[楽器情報]
サントス・エルナンデス 1939年 ブラジリアン・ローズウッド仕様のクラシックモデル、状態良好の1本が入荷致しました。Orfeo Magazineの著者である Alberto Martinez 氏による「Santos Hernandez ~Maestro Guitarrero~ 1874-1943」(Camino Verde 刊)によって、少なくとも日本では初めて、この製作家がいかに多様なスタイル(内部構造的、そしてロゼッタに顕著な外観デザインの両方において)で製作していたかを俯瞰することができたのですが、スペインギターの典型とされる音響を構築したと位置づけられるこの稀代の名工がかように多様な力木システムを発案していたのはやはり驚くべきことでしょう。当然のことながらそこにはいかに表面板を十全に自然に振動させ最大限の音響効果を得るかということの不断の探求が見て取れるのですが、興味深いのは同著に掲載されていた10本の例のうち1939年製のフラメンコモデルを除いてあとはすべてハーモニックバー2本、扇状力木7本、そして0~2本のクロージングバーの配置関係のヴァリエーションとなっていることで、そのほとんどに共通しているのは高音側と低音側とで非対称の配置が試みられていることです。詳細については同著を参照いただけたらと思いますが、まずやはりサントスにはトーレスそしてマヌエル・ラミレスにより完成された左右対称構造による音響設計を基本としながら、そこに上記の試みによって低音と高音にそれぞれの位相を生み出し、かつ全体の統一的なバランスを構築するという主眼が確実に存在していたと言うことができます。そしてこの試みはギターがいよいよ西洋音楽の構造原理と密接にリンクしてゆくことの嚆矢となります。
本作1939年製はほぼ彼の晩年期の作と言えますが、前著に掲載されていたどの力木構造とも異なっています。まずサウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に1本ずつ計2本のハーモニックバーは同じとして、サウンドホールを囲むように貼り付けられた補強板はロゼッタと同じ円形ではなく角形をしています。扇状力木は7本でやはり左右非対称になっており、ボトム部のクロージングバーは高音側だけに設置されています。扇状力木はそれぞれの両端はサウンドホール下のハーモニックバーからもボトム部からも若干離れた位置に設定されており、駒板を中心として表面板下部の中央に寄り集まるような配置になっています。またクロージングバーのない低音側は高音側よりも力木の長さが顕著に短くなっており、特に一番外側の一本はすぐ内側の1本の半分ほど10cm程の短さになっています。レゾナンスはF#の少し下に設定されています。
サントスが完成させたスペイン的音響とは、低い重心設定によるまさしく音響全体を支える低音から雄弁な中低音、そして「高さ」のクリアネスへと至る音響設計で、それぞれは異なる位相で鳴りながらも全体としての有機的な統一性があるというもの、とまずは定義することができます。加えて各音の(つまりすべての音の)非常な表現力で、これはやはり人間の声が基本になっていると思うのですが、これ以上ない繊細さからダイナミックさに至るその表情の豊かさも必須条件と言えるでしょう。本作はこの条件を十全に備えつつ、サントス後期特有のストイックなまでの音の密度が素晴らしい一本となっています。
撥弦には強めのしかし心地良い反発感がともない、そこからあの弾性感のある魅力的な音像が瞬時に表れてきます。それは鳴っているというよりも在るという感覚に近いもので、声のような肌理を持ち、明と暗の表情を持つ、まさしく楽音と呼ぶにふさわしい深いニュアンスを備えたものとなっています。発音されたまま霧消してゆくような音ではなくしっかりとした質量があり、終止の瞬間まで充実しているので、自然に旋律は有機的なうねりを生み出してゆきます。あらゆる音楽的な身振りに俊敏に対応する機能性の高さ、多声音楽における対位法の明確な彫りの深い響きも見事。
この「多様な」製作家にとってのスタンダードとなる一本だと明言することは控えますが、彼のあと、(直接の師弟関係はありませんでしたが)その唯一の直系と言えるマルセロ・バルベロ1世、そしてアルカンヘル・フェルナンデスへと続いてゆく美学の原型をしっかりと聴くことのできる名品です。
製作年を考慮するととても良好な状態を維持した一本です。表面板は割れ修理の履歴はなく、おそらくかなり前に一度セラックによる上塗りなどはされた可能性はありますが、それにより現状では弾きキズ等はいずれも軽微で浅いものにとどまっています。サウンドホール縁近くに3mmほどの打痕を部分補修した跡が2か所ありますが外観を損ねるものではなくほとんど目立ちません。また横裏板もおそらく過去に再塗装がされた可能性はありますが、木目の節の隙間を部分的に補修した箇所が数か所、それぞれ小さなものですがあります。また高音側ボトム付近に7センチほどの割れ補修歴がありますが、適切な補修がされており、現状で問題ありません。やはり全体にきれいな状態を保っていると言えます。ネックはほんのわずかに順反りですが標準設定の範囲内、フレットも1~3Fでわずかに摩耗していますがこちらも演奏性には全く影響ありません。ネック形状はほぼラウンドに近いCシェイプでやや厚めの設定。弦高値は3.0/4.0mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は2.5~3.0mmあります。