〔製作家情報〕 モデスト・ボレゲーロ・オルテガ(1893~1969)スペイン、マドリッド生まれ。12歳の時にマヌエル・ラミレスの工房に徒弟として入り、その後同工房のサントス・エルナンデスやドミンゴ・エステソに続く重要な職人として製作。1916年にマヌエルが亡くなった後もボレゲーロは1923年に工房を閉鎖するまで残って製作を続けました。翌1924年には独立し工房を開きますが、間借りした建物の劣悪な環境のため設備を整えるのに相当の苦労をし、その後も同じマドリッドで何度か工房を移して製作を続けていたもののスペイン市民戦争のさなかでその工房も失い、また妻が二人の子供を残して他界するという不幸と困難に見舞われます。さらに何度かの転居の後、1945年に工房を再開し、彼のギターは少しずつ評判を取り戻すようになりますが依然苦しい生活が続きます。そして1948年、当時家具の修復をしていたエルナンデス・イ・アグアド(マヌエル・エルナンデスとヴィクトリアーノ・アグアド)が自分たちの工房の一部を仕事場として提供してくれることになるのですが、アグアド達はこのときボレゲーロの仕事を間近に眺めギター製作に興味を持ち、これが機会となり彼らは本格的にこの道に入ることになります。ボレゲーロは1952年に転居するまでここで仕事を続け、その後は楽器店 Casa Garrido の専属としてギターを製作。Casa Garridoではのちにアグアドの後継的な系譜に繋がる重要な製作家ビセンテ・カマチョにギター製作を教えています。彼の弟子としてはほかにもフェリックス・マンサネーロ、息子のエンリケ・ボレゲーロらがおり、二人ともその後ホセ・ラミレスⅢ世の工房に入りスタンプを与えられて製作しています。病気のため1963年には製作から退き、1969年にマドリッドでその生涯を終えます。彼のギターは戦前のマドリッド派が持っていた、力強く温かみのある音色、良く歌う艶やかな響きを備えたロマンティックなギターで、サントス、エステソと比較して語られることが多い。また歴史的にマヌエル・ラミレスとエルナンデス・イ・アグアドを繋ぐ製作家としての意義は大きく、その評価は現在でも揺るぎのないものとなっています。
〔楽器情報〕 モデスト・ボレゲーロ製作、1930年製 Usedです。横裏板がシープレス仕様であることと内部構造の特徴から、フラメンコモデルとして作られたものと考えられます(現在はゴルペ板は剥がされており、両方の用途で使われています)。ラベルには「Antigua oficiel de Manuel Ramirez」の文言が印字されており、この時すでにボレゲーロは独立していましたが、敬愛する師の名前を継続して使用することで自身が正統なマヌエル・ラミレス工房の職人であったことを訴求していたことがうかがわれます。ラベルデザインもまたマヌエル・ラミレス的な意匠を受け継いでいるのですが、工房住所のところに貼り紙をして「Desengano.2」と訂正されており、ちょうどこの時期不安定な生活の中で転居を繰り返していた様子も読み取ることができます。実際二つの世界大戦、さらにはスペイン市民戦争による世情の煽りをまともに受けたこの製作家にとって、その中間の時期である1920年代から30年代半ばにかけては例えば兄弟子のサントス・エルナンデスのように充実した製作期となったはずであろうところ、やはり相当な苦労をしながらなんとか製作を続けていたようです。
ネック:マホガニー
指 板:エボニー
塗 装:表板 セラック
:横裏板 セラック
糸 巻:不明
弦 高:1弦 3.0mm /6弦 3.6mm
〔製作家情報〕
モデスト・ボレゲーロ・オルテガ(1893~1969)スペイン、マドリッド生まれ。12歳の時にマヌエル・ラミレスの工房に徒弟として入り、その後同工房のサントス・エルナンデスやドミンゴ・エステソに続く重要な職人として製作。1916年にマヌエルが亡くなった後もボレゲーロは1923年に工房を閉鎖するまで残って製作を続けました。翌1924年には独立し工房を開きますが、間借りした建物の劣悪な環境のため設備を整えるのに相当の苦労をし、その後も同じマドリッドで何度か工房を移して製作を続けていたもののスペイン市民戦争のさなかでその工房も失い、また妻が二人の子供を残して他界するという不幸と困難に見舞われます。さらに何度かの転居の後、1945年に工房を再開し、彼のギターは少しずつ評判を取り戻すようになりますが依然苦しい生活が続きます。そして1948年、当時家具の修復をしていたエルナンデス・イ・アグアド(マヌエル・エルナンデスとヴィクトリアーノ・アグアド)が自分たちの工房の一部を仕事場として提供してくれることになるのですが、アグアド達はこのときボレゲーロの仕事を間近に眺めギター製作に興味を持ち、これが機会となり彼らは本格的にこの道に入ることになります。ボレゲーロは1952年に転居するまでここで仕事を続け、その後は楽器店 Casa Garrido の専属としてギターを製作。Casa Garridoではのちにアグアドの後継的な系譜に繋がる重要な製作家ビセンテ・カマチョにギター製作を教えています。彼の弟子としてはほかにもフェリックス・マンサネーロ、息子のエンリケ・ボレゲーロらがおり、二人ともその後ホセ・ラミレスⅢ世の工房に入りスタンプを与えられて製作しています。病気のため1963年には製作から退き、1969年にマドリッドでその生涯を終えます。彼のギターは戦前のマドリッド派が持っていた、力強く温かみのある音色、良く歌う艶やかな響きを備えたロマンティックなギターで、サントス、エステソと比較して語られることが多い。また歴史的にマヌエル・ラミレスとエルナンデス・イ・アグアドを繋ぐ製作家としての意義は大きく、その評価は現在でも揺るぎのないものとなっています。
〔楽器情報〕
モデスト・ボレゲーロ製作、1930年製 Usedです。横裏板がシープレス仕様であることと内部構造の特徴から、フラメンコモデルとして作られたものと考えられます(現在はゴルペ板は剥がされており、両方の用途で使われています)。ラベルには「Antigua oficiel de Manuel Ramirez」の文言が印字されており、この時すでにボレゲーロは独立していましたが、敬愛する師の名前を継続して使用することで自身が正統なマヌエル・ラミレス工房の職人であったことを訴求していたことがうかがわれます。ラベルデザインもまたマヌエル・ラミレス的な意匠を受け継いでいるのですが、工房住所のところに貼り紙をして「Desengano.2」と訂正されており、ちょうどこの時期不安定な生活の中で転居を繰り返していた様子も読み取ることができます。実際二つの世界大戦、さらにはスペイン市民戦争による世情の煽りをまともに受けたこの製作家にとって、その中間の時期である1920年代から30年代半ばにかけては例えば兄弟子のサントス・エルナンデスのように充実した製作期となったはずであろうところ、やはり相当な苦労をしながらなんとか製作を続けていたようです。
本作はまさにそのような時期の一作で、興味深く、また魅力的な一本となっています。一見してサントス・エルナンデスの影響下にあることが分かる外観(ヘッドシェイプ、ロゼッタデザインなど)で、その影響は表面板の力木配置にも如実に見て取れます。
サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に1本ずつのハーモニックバーを設置し、サウンドホールまわりにはロゼッタとほぼ同じ面積をカバーするように薄い補強板が貼られ値ています。扇状力木は左右対称5本の力木がほとんど平行に、駒板の横幅の範囲内に収まるように中央に寄り添って設置されており、ボトム部には2本のクロージングバーが逆ハの字型に配置されています。この2本のクロージングバーは通常なら扇状力木の下端を受け止めるような位置に設置されるのですが、ここでは5本の力木の最外側よりもさらに外側の横板に近接した位置に配置されています(ちょうど間隔をとても広くとった逆ハの字を形成しています)。この単純ながら特徴的な全体配置はまさしくサントス・エルナンデスからマルセロ・バルベロ、そしてアルカンヘル・フェルナンデスへと継承された設計と同じものとなっており、ボレゲーロがサントスの影響を受けていたことは容易に想像できるものの、数ある設計の中からこの配置を採用していたことには、何か感動に近いものさえ喚起させます。レゾナンスはF#の少し下に設定されています。
この殊勝な製作家によって、マヌエル・ラミレス工房の、そして戦前のスペインギターのエッセンスが実に慎ましくも円満に体現されており、大変に魅力的な一本となっています。重厚で引き締まった、十分に低い重心感覚を備えた低音から雄弁な中低音、そしてシャープできりっとした、良く歌う高音へと至る鉄壁のスペイン的音響設計。響箱全体が一つの有機体となって一つの声を発するようで、その一つ一つの音が楽音としての実在性があり、洗練され、乾き過ぎず、艶があり、凛として明るい。単音での雑味のなさも素晴らしいですが、和音やアルペジオ、ラスゲヤードにおけるバランスフルな響きと各音(各弦)の明確なアイデンティティはとても心地良く、また清冽です。またフラメンコならではの反応の速さとドライブ感も申し分ありません。
おそらくフラメン子モデルとしてタフな使用をそれなりに経てきたのでしょう、表面板(駒板脇と下、指板脇など)、横裏板(ネックヒール部分とボトム部エリアなど)それぞれに数か所ずつの割れ補修歴、セラックによる全体の再塗装歴があるほか、表面板は駒板の上下でやや凹凸型の歪みが見られます。キズに関しては過去に行われた再塗装の際のタッチアップ処理を経ていることから、現状ではさほどに多くはありません。表面板のサウンドホール周辺はやや多く見られるものの、その他は衣服による擦れやスクラッチきずが数か所にあります。またヘッドの糸倉、6弦部分に割れ補修歴があります。ネック、フレットは良好な状態を維持しています。ネックシェイプは薄めのDシェイプ、弦高値は3.0/3.6mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は0.5mmとなっています。