上記の設計からも、尾野氏が最後までオマージュモデルを製作し続けたトーレス、ハウザー、ロマニリョス、ブーシェなどのエッセンスを極めて自然に融和させ、自身の音響哲学において再解釈(再創造)を行ったモデルであることが見て取れますが、いまとなっては彼の late work となってしまった本作における音響的な解像度の高さはすさまじいとさえいえるレベルに達しています。氏の音響設計の特徴として、適切に設定された重心点を基にしてあくまでも各音どうしの調和によって構成される全体としての音響ということができますが、すべての音が他のどの音とも調和しているかのような、しかしそこに一切の夾雑物を排したようなクリアな響きは本当に素晴らしい。本作においては横裏板に極めて良質な中南米産ローズウッドを使用していることもあり、そのさらに透明感を増したような響きが非常に魅力的。また660mmというスケール設定が全体に静かにしかし磊落な重厚感を生み出しており、これも通常のスケール設定では聴かれなかった特性として特記しておくべきでしょう。
ネック:セドロ
指 板:エボニー
塗 装:セラック
糸 巻:スローン
弦 高:1弦 2.8mm /6弦 3.8mm
〔製作家情報〕
尾野薫 Kaoru Ono(ラベルにはCaoru Onoとプリントされています)1953年生まれ。中学生の頃からギターを弾き始め、大学の木材工芸科在学中その知識を活かして趣味でギターを製作。 その類まれな工作技術と音響に対するセンスは注目を集めており、愛好家達の要望に応えて27歳の時にプロ製作家としての本格的な活動を開始。 同時期にアルベルト・ネジメ・オーノ(禰寝孝次郎)に師事し、彼からスペインギターの伝統的な工法を学びます。 その後渡西しアルベルト・ネジメの師であるグラナダの巨匠アントニオ・マリン・モンテロに製作技法についての指導を受け、 2001年には再びスペインに渡りホセ・ルイス・ロマニリョスの製作マスターコースも受講しています。 さらにはマドリッドの名工アルカンヘル・フェルナンデスが来日の折にも製作上の貴重なアドバイスと激励を受ける等、 現代の名工達の製作哲学に直に接し学びながら、スペイン伝統工法を科学的に考察し理論的に解析研究してゆく独自の方法でギターを製作。 日本でのスペイン伝統工法の受容の歴史において、アルベルト・ネジメと並ぶ重要な製作家の一人として精力的な活動を展開しています。 その楽器はあくまで伝統的な造りを基本としながら、十分な遠達性、バランス、倍音の統制において比類なく、極めて透徹した美しい響きを備えた、 現在国内のギター製作における最高の成果を成し遂げたものとして高い評価を得ています。
尾野薫 氏は2024年7月その生涯を終えられました。謹んで哀悼の意を表します。
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〔楽器情報〕
尾野薫製作 オリジナルモデル(カスタムオーダー品)2021年 No.331 Used の入荷です。尾野氏自身の設計による「オリジナルモデル」の660mmスケール仕様。表面板はヨーロッパ松、横裏板は中南米産ローズウッドを使用し、全体をセラックニスにより繊細に仕上げたもので、このブランドならではの凛とした佇まいが美しい、カスタマー特注製作モデルとなります。
表面板力木構造はサウンドホール上側(ネック側)に長短1本ずつの2本、下側(ブリッジ側)に1本のハーモニックバーを設置。サウンドホール周りにはロゼッタと同じエリアをなぞるようにして薄い補強板が貼られ、またホール上側2本のバーの間にもホール直径とほぼ同じ幅に補強板が貼られています。ホール下側バーは高音側と低音側にそれぞれ長さ5㎝程の開口部が設けられており、左右対称7本の扇状力木のうち一番横板に近接した2本ずつの合計4本はこの開口部を潜り抜けてホール縁の補強板まで到達しています。さらにそこから接続するようにして短い力木がサウンドホール両脇に、近接する横板のカーブに沿うように一本ずつが設置され、ホール上側バーのところまで伸びています。ボトム部分は7本の扇状力木の先端を受け止めるようにハの字型に配置された2本のクロージングバー、駒板位置にはほぼ同じ面積の薄い補強板が貼られています。表面板と横板の接合部に設置されるペオネス(三角型の木製ブロック)は通常間隔を開けずに設置されるところ、ここではお互いに2mm程の間隔を空けてきれいに設置されています。レゾナンスはG~G#に設定されています。
上記の設計からも、尾野氏が最後までオマージュモデルを製作し続けたトーレス、ハウザー、ロマニリョス、ブーシェなどのエッセンスを極めて自然に融和させ、自身の音響哲学において再解釈(再創造)を行ったモデルであることが見て取れますが、いまとなっては彼の late work となってしまった本作における音響的な解像度の高さはすさまじいとさえいえるレベルに達しています。氏の音響設計の特徴として、適切に設定された重心点を基にしてあくまでも各音どうしの調和によって構成される全体としての音響ということができますが、すべての音が他のどの音とも調和しているかのような、しかしそこに一切の夾雑物を排したようなクリアな響きは本当に素晴らしい。本作においては横裏板に極めて良質な中南米産ローズウッドを使用していることもあり、そのさらに透明感を増したような響きが非常に魅力的。また660mmというスケール設定が全体に静かにしかし磊落な重厚感を生み出しており、これも通常のスケール設定では聴かれなかった特性として特記しておくべきでしょう。
とても丁寧に弾かれてきており、表面板指板脇にほんのわずかな軽微なキズがあるのみで非常にきれいな状態です。ネック裏は演奏による摩擦でやや塗装にざらつき感がありますが状態として問題はありません。ネック、フレットともに良好な状態を維持しています。ネックシェイプは普通~やや厚めのDシェイプでグリップの感触がよく、660mmスケールでも弦の張りは中庸なので左手のストレスは感じません。糸巻はスローン製のスネークウッドボタン仕様を装着、こちらも現状で機能的に良好です。弦高値は2.8/3.8mm(1弦/6弦 12フレット)でサドル余剰は2.0mmあります。重量は1.81㎏。