ネック:マホガニー指 板:エボニー塗 装:表板 ラッカー :横裏板 ラッカー糸 巻:シャーラー弦 高:1弦 3.1mm / 6弦 4.0mm〔製作家情報〕1941年生まれ。母親のイレーヌはドイツの名工エドガー・メンヒ(1907~1977)の妹にあたる。1964年に当時トロントに住んでいたパンヒューゼン一家をメンヒが訪れるところからメンヒとカナダスクールの関係、またパンヒューゼンの製作家への最初の道のりが始まります。当時は学校の教師をしていたパンヒューゼンは、トロントに移住し同地の楽器店の為に旺盛な製作活動を行う叔父の姿を見て、製作への興味を持ち始めます。そして1967年に最初の「全く不出来な」ギターを造り上げ(メンヒに当時師事していたJean Larriveeに酷評されながらも)、ギター製作家になることを決意。教師の職を辞して2年間メンヒに師事し、1971年にメンヒがドイツに帰国した際には自身もドイツに移り、1976年までメンヒの工房で働きます。その後トロントに戻り自身の工房を設立、そして1992年に再びドイツに移住しシュトゥットガルト近郊に工房を移設、現在も同地で製作を行っています。当初彼は叔父の作風を継承した伝統的なスタイルで製作をしており、1970年代メンヒの工房で働いていた時にはメンヒ2世ラベルのギターを手がけるなどしていました。一度カナダに戻り独立した後はモダンギターの潮流へのアプローチも行うようになり、再びドイツに移住してからはその姿勢はより明確化してゆくようになります。叔父メンヒ譲りのドイツ的なしっかりした構築感と様々なユーザーや時代のニーズに合わせた柔軟な感性との融合により生まれた彼のギターは、伝統的な音色にごく自然に現代的な高機能性を付加したような極めて見事なバランスを達成したものとなっており、ヒューバート・ケッペルらの名手が愛用している事でも知られています。〔楽器情報〕コルヤ・パンヒューゼン 2001年製作 Usedの入荷です。のちにはラティスブレーシング(格子状力木)構造などのモダンな工法においても高い成果を上げることになる彼の、伝統的スタイルからの移行期とも見てとれる設計で作られたモデルです。ここでパンヒューゼンはまさしくスパニッシュ的要素とメンヒ的(ドイツ的)な要素とを無理なく融合させながら、独特かつ自然な方法で彼自身の音響へと着地させるとともに、現代の演奏者のニーズに十全に応える極めてバランスフルな1本として完成させています。外観はいかにもメンヒスクールらしい素朴で凛とした佇まいですが、内部力木構造は特徴的なものとなっています。サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に各一本のハーモニックバーを設置し、さらに強固な2枚の補強板(幅2cm×高さ1cmほどもある)がネック脚付け根両側からサウンドホール両脇をかすめるようにして下側ハーモニックバーに至るまでをがっちりと固定するように設置されており(この2本の補強板はネック付け根両側を起点としてボディ下部方向に向かって広がってゆくような配置関係になっており、その延長線上をなぞるようにして後述の扇状力木が同じ角度でもって設置されています)、表面板上部の振動をしっかりと抑制しています。ホール上側のハーモニックバーは厳密には1本のバーではなく2本の補強板によって分断されています。またホール下側のハーモニックバーは低音側にのみ高さ3mm×長さ4mmほどの開口部が設けられています。ホール下側のハーモニックバーとブリッジの間には一本の薄いバーが設置され、同じようにブリッジとボトムの間にも1本の薄いバーが設置されており、これら2本の間を繋ぐように左右対称の5本の扇状力木がほとんど平行に近い角度で設置されています(扇状力木はいちばん高音側の1本のみボトム側のバーを貫通してボトムまで到達している)。ブリッジ位置には薄いプレート板がほぼ横幅いっぱいに貼り付けられています。このような数本のバー配置とほぼ垂直に交差する力木というスクエアな全体構造は例えば日本では河野賢が積極的に採用してきたものですが、直接の影響関係があったかどうか定かではありません。表面板はドイツ製のギターとしてはかなり薄めに加工されており、上記のような構造によって表面板上部の振動をしっかりと抑え、ブリッジを中心とするボディ下部を効果的に振動させています。レゾナンスはF#~Gに設定。パンヒューゼンの慎ましい個性として、いかにもドイツ系らしい透徹さと、おそらくは彼自身の気質にも由来するのであろう澄んだ優しさとが同居した、何とも言えない清々しさが挙げられます。その魅力的なブレンドはカナダにおけるメンヒスクールの面々にも、現代のドイツでも見つけることのできないもので、曲の演奏にもさりげなくしかし確かな表情として現れてきます。やはりドイツ的といっても良い(しかしハウザーのような硬質さとは異なる)粘りを持った発音と雑味のないきりっとした音像。穏やかで優しい、自然なリリシズムが楽器自体に備わっており、それがドイツ的音響特性と絶妙に相乗してこの上なく上品な、凛とした表情を湛えています。機能的にも申し分なく、心地よくタッチにまとわりついてくるような速い反応、しっかりとした和音での統一感、音量のダイナミズムも、どれも先述の通りあくまでも慎ましくしかし精緻さにおいて申し分ありません。ネック形状は普通の厚みのDシェイプでグリップ感はコンパクトな印象です。割れなどの修理履歴は無く、表面板はわずかにスクラッチ痕などがあるのみ、裏板は演奏時の衣服の摩擦痕などがありますが、全体に綺麗な状態を維持しています。表面板は薄く加工されているためか、力木の位置に沿ってほんの若干の波うちがありますが、現状継続しての使用には全く問題のないレベル。ネックは真っすぐを維持しており、またフレット等演奏性に関わる部分は全く問題ありません。糸巻はシャーラ―製を装着しておりこちらも現状で機能的な問題はありません。弦高はおそらく出荷時のままですが、ブリッジサドルの調整余地が十分にありますのでさらに低く設定することも可能です。また全体は薄めの上品なラッカー仕上げで、茶と黒を基調にしたロゼッタの渋く洒落たデザインはじめ、細部まで行き届いた造作と全体の慎ましい佇まいも気品があり、この点でも特筆すべき1本となっています。
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ネック:マホガニー
指 板:エボニー
塗 装:表板 ラッカー
:横裏板 ラッカー
糸 巻:シャーラー
弦 高:1弦 3.1mm / 6弦 4.0mm
〔製作家情報〕
1941年生まれ。母親のイレーヌはドイツの名工エドガー・メンヒ(1907~1977)の妹にあたる。1964年に当時トロントに住んでいたパンヒューゼン一家をメンヒが訪れるところからメンヒとカナダスクールの関係、またパンヒューゼンの製作家への最初の道のりが始まります。当時は学校の教師をしていたパンヒューゼンは、トロントに移住し同地の楽器店の為に旺盛な製作活動を行う叔父の姿を見て、製作への興味を持ち始めます。そして1967年に最初の「全く不出来な」ギターを造り上げ(メンヒに当時師事していたJean Larriveeに酷評されながらも)、ギター製作家になることを決意。教師の職を辞して2年間メンヒに師事し、1971年にメンヒがドイツに帰国した際には自身もドイツに移り、1976年までメンヒの工房で働きます。その後トロントに戻り自身の工房を設立、そして1992年に再びドイツに移住しシュトゥットガルト近郊に工房を移設、現在も同地で製作を行っています。
当初彼は叔父の作風を継承した伝統的なスタイルで製作をしており、1970年代メンヒの工房で働いていた時にはメンヒ2世ラベルのギターを手がけるなどしていました。一度カナダに戻り独立した後はモダンギターの潮流へのアプローチも行うようになり、再びドイツに移住してからはその姿勢はより明確化してゆくようになります。叔父メンヒ譲りのドイツ的なしっかりした構築感と様々なユーザーや時代のニーズに合わせた柔軟な感性との融合により生まれた彼のギターは、伝統的な音色にごく自然に現代的な高機能性を付加したような極めて見事なバランスを達成したものとなっており、ヒューバート・ケッペルらの名手が愛用している事でも知られています。
〔楽器情報〕
コルヤ・パンヒューゼン 2001年製作 Usedの入荷です。のちにはラティスブレーシング(格子状力木)構造などのモダンな工法においても高い成果を上げることになる彼の、伝統的スタイルからの移行期とも見てとれる設計で作られたモデルです。ここでパンヒューゼンはまさしくスパニッシュ的要素とメンヒ的(ドイツ的)な要素とを無理なく融合させながら、独特かつ自然な方法で彼自身の音響へと着地させるとともに、現代の演奏者のニーズに十全に応える極めてバランスフルな1本として完成させています。
外観はいかにもメンヒスクールらしい素朴で凛とした佇まいですが、内部力木構造は特徴的なものとなっています。サウンドホール上下(ネック側とブリッジ側)に各一本のハーモニックバーを設置し、さらに強固な2枚の補強板(幅2cm×高さ1cmほどもある)がネック脚付け根両側からサウンドホール両脇をかすめるようにして下側ハーモニックバーに至るまでをがっちりと固定するように設置されており(この2本の補強板はネック付け根両側を起点としてボディ下部方向に向かって広がってゆくような配置関係になっており、その延長線上をなぞるようにして後述の扇状力木が同じ角度でもって設置されています)、表面板上部の振動をしっかりと抑制しています。ホール上側のハーモニックバーは厳密には1本のバーではなく2本の補強板によって分断されています。またホール下側のハーモニックバーは低音側にのみ高さ3mm×長さ4mmほどの開口部が設けられています。
ホール下側のハーモニックバーとブリッジの間には一本の薄いバーが設置され、同じようにブリッジとボトムの間にも1本の薄いバーが設置されており、これら2本の間を繋ぐように左右対称の5本の扇状力木がほとんど平行に近い角度で設置されています(扇状力木はいちばん高音側の1本のみボトム側のバーを貫通してボトムまで到達している)。ブリッジ位置には薄いプレート板がほぼ横幅いっぱいに貼り付けられています。このような数本のバー配置とほぼ垂直に交差する力木というスクエアな全体構造は例えば日本では河野賢が積極的に採用してきたものですが、直接の影響関係があったかどうか定かではありません。表面板はドイツ製のギターとしてはかなり薄めに加工されており、上記のような構造によって表面板上部の振動をしっかりと抑え、ブリッジを中心とするボディ下部を効果的に振動させています。レゾナンスはF#~Gに設定。
パンヒューゼンの慎ましい個性として、いかにもドイツ系らしい透徹さと、おそらくは彼自身の気質にも由来するのであろう澄んだ優しさとが同居した、何とも言えない清々しさが挙げられます。その魅力的なブレンドはカナダにおけるメンヒスクールの面々にも、現代のドイツでも見つけることのできないもので、曲の演奏にもさりげなくしかし確かな表情として現れてきます。やはりドイツ的といっても良い(しかしハウザーのような硬質さとは異なる)粘りを持った発音と雑味のないきりっとした音像。穏やかで優しい、自然なリリシズムが楽器自体に備わっており、それがドイツ的音響特性と絶妙に相乗してこの上なく上品な、凛とした表情を湛えています。機能的にも申し分なく、心地よくタッチにまとわりついてくるような速い反応、しっかりとした和音での統一感、音量のダイナミズムも、どれも先述の通りあくまでも慎ましくしかし精緻さにおいて申し分ありません。
ネック形状は普通の厚みのDシェイプでグリップ感はコンパクトな印象です。割れなどの修理履歴は無く、表面板はわずかにスクラッチ痕などがあるのみ、裏板は演奏時の衣服の摩擦痕などがありますが、全体に綺麗な状態を維持しています。表面板は薄く加工されているためか、力木の位置に沿ってほんの若干の波うちがありますが、現状継続しての使用には全く問題のないレベル。ネックは真っすぐを維持しており、またフレット等演奏性に関わる部分は全く問題ありません。糸巻はシャーラ―製を装着しておりこちらも現状で機能的な問題はありません。弦高はおそらく出荷時のままですが、ブリッジサドルの調整余地が十分にありますのでさらに低く設定することも可能です。
また全体は薄めの上品なラッカー仕上げで、茶と黒を基調にしたロゼッタの渋く洒落たデザインはじめ、細部まで行き届いた造作と全体の慎ましい佇まいも気品があり、この点でも特筆すべき1本となっています。