| 目次 | 第1回 プロローグ | ![]() |
| 第2回 マヌエル・カセレス工房 | ||
| 第3回 マヌエル・レジェス工房 | ||
| 第4回 フランシスコ・バルバ工房 | ||
| 第5回. | ||
| 第6回 | ||
| 第7回. | ||
| プロローグ | ||
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2009年スペイン再探房記
スペイン再訪のチャンスが訪れた。今回もアウラ本山社長の出張に同行させてもらう形である。今回は任務が2つある。一つ目は、デジタルビデオで元気なマエストロたちを撮ることである。会話のシーンだけでもいいし、もちろん製作しているところなんて撮れたら素敵である。今までに製作家にスポットがあたった映像は少ない。自分もスペインに行く前に、マリンがレオナというトーレスモデルを再現した記録や、ロマニリョスの製作自伝をビデオで見たときは、興奮して食い入るように見た記憶がある。製作者だけでなく、弾き手の中にも長年彼らの楽器を使っていながら本人を写真でしか見たことがなく、残念に思っている方も多いだろう。そんな人たちとの架け橋になれたらと思う。 |
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| マヌエル・カセレス工房 | ||
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到着から一夜明けて、少し小雨の降る中、マヌエル・カセレス工房を訪ねる。彼はGuitarreria(ギタレリア:ギターショップ)としてお店を構えていて、その奥で製作している。看板は掲げているが、販売の方はほぼ休業中といった印象で、カセレスが製作したものだろうか、埃をかぶった民族楽器風の小さなギターがお愛想程度にショーウインドーに飾ってあるだけである。(ちなみに4年前も同じ) その面構えは、ギター製作家の店というよりは老舗の仕立屋といった風情で、今にもメジャーを首に引っ掛けた店主が出てきそうだ。昼間でも電気をつけないと暗い北向きの店の中をのぞくと、奥で青々とした蛍光灯にくっきりと照らし出され、お決まりのブルーコートに身を包み(マドリッ子はエプロンとかしないのだ)、カセレスが製作していた。
それを待つ間、彼の工房を眺める。所々に製作途中の部品が並んでいる。半加工しておいて、その状態で寝かすのだ。それぞれ10や20はあろうか。暗く高い天井には、中央で接ぎされ、ギターの形に仮整型された表板や裏板が何枚も吊るされ、力木が貼られて太鼓にされるのを今か今かと待っている。大きな壁には何段もの棚が取り付けられ、高い棚には比較的早い時期に買った材料が桟積みされて置いてあり、購入年月を書いた紙が貼られている。低い棚には半加工された部材などが一目でわかるように積み上げられている。作業台を囲む手の届く壁には、型や冶具が沢山掛けられ、額に入れられた賞状も見える。腰下高さには白いパネルヒーターが取り付けられ、ちりちりと熱を放射し、石床の工房を暖めている。作業台の脇にもちょっとした冷蔵庫ぐらいの大きさはあるガスストーブが置かれ、種火で点いている。その脇にはオレンジ色のガスボンベが鎮座していて、かさばることこの上なしだが、このストーヴが北向きのこの工房では接着と底冷えする冬場にものを言う。 サインも頂いた後、譲ってもらう約束のビウダ・デ・サントスを見せてもらう。(最終的に入手できなかったが) 調整し弦も交換すれば、いい音が出そうだ。 「ちゃんと調整しろよ」と微笑んで僕を見る。 材料の譲り受けを打診したら、表板材ならかなり持っているので了解とのこと。 「あそこにあるヤツでよければいいよ」 山積みされた表板材を指差して言った。そうこうしているうちに、ギターケースを片手に馴染みの客であろうか、店に現れたので、また改めて材料の選別する約束をして工房を後にする。カセレスは現在アルカンヘルの製作の手伝いをしているので、夕方にはアルカンヘルの所でまた会えるだろう。 その後滞在中はホテルが近いこともあり、何度となく訪ねた。彼が朝焼けの中、深いグリーンのワーゲンのセダンに乗って悠々と現れた時も、製作に一息ついた時も、彼の馴染みの工房近くのバルで一緒にカフェ・コン・レチェを飲んだ。約束どおり表板の選別をさせてもらったし、スペイン式製作でよく使われるC型クランプや木製の圧締具、膠などの情報も快く教えてくれた。アルカンヘルの工房で会った際には、いつも鼻歌交じりに製作を手伝っていて、僕を見つけるとニヤリと笑い、手に持っていた長くて大きい金属ヤスリをバトンのように空中で回転させていた(アルカンヘルの楽器の脇で!) 人が良くて明朗、控えめながら小粋なマドリッドの製作家、それが僕の感じたマヌエル・カセレスである。
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| マヌエル・レジェス工房 | ||
| その日のコルドバは、天気予報が雨だったにもかかわらず気持ちの良い晴天だった。コルドバに向かうAVE(スペインの新幹線)の途中で何度もたたきつけるような雨に降られたが、車窓からみえる広大な農地の、圧倒的な空間に浮かぶ雲の切れ間から、すがすがしい太陽の光が差し込んでいるのをみると、なんとなく雨が続く気がしない安心感があった。
駅を抜けコルドバの町に降り立つ。マドリッドから約440キロ南に下がっただけであるが、明らかにマドリッドと空気が違う。朝ということもあろうがアンダルシア最長の川、グアダルキビール川のほのかな湿気を帯びた動きのある空気、ああアンダルシアに来たのだなと思う。時間も早いし気持ちが良いので、何のためらいもなく本山氏と歩いて工房に向かうことにする。 レジェスの工房はコルドバ歴史地区にある。途中王立劇場の脇を通るとコルドバ国際ギターフェスティバルの広告があった。今年はラッセルにバルエコ、ロメロファミリーが出るようだ。丸石が敷き詰められた石道をごつごつと歩いていく。昔ミドル・ロドリゲスの工房があった場所を横切りながら、工房があったころの様子に思いを馳せる。石道を歩く楽しさで足元に注意をとられるが、見えてきた。こげ茶にステインされた板に白抜きで書かれているレジェスの看板。呼び鈴を押すとレジェス・イーホが出てきて、微笑んで招き入れてくれた。(後で中に居てわかったことだが、この呼び鈴は飛び上がるほど大きい音がする。)ビセンテ・アミーゴをはじめレジェスの楽器を持ったギタリストの写真を横目に見ながら店舗部分を抜けて工房に入る。中ではマエストロ・レジェスが修理をしていた。
再会を喜び、握手と抱擁を重ね、近況を確認する。奥さんも元気だし、イーハもここにはいないが、子育てをしながら製作をがんばっているとのこと。その後すぐに修理に戻る。イーホと向かい合いになり、割れた表板を接着していた。
材料の話が一段落したところで、イーホが試作した杉の表材のフラメンコギターを見せてもらう。明るくカラリと抜けた音色が粒立ち良く飛び出してくる。松だろうが杉だろうが丹念に製作されたギターからはフラメンコの音が出てくるのだ。
ひとしきり話していたら、昼近くになったので、工房の戸締りをして、前回も連れて行ってもらったコルドバ料理が食べられるタベルナに行く。4年ぶりのサルモレッホ(濃縮したガスパッチョ)やオックステールの煮込み、フラメンキン(ハモンを巻き込んだトンカツ)である。レジェスも骨付きリブロースを美味しそうに頬張りながら談笑している。美味しい上に量があるので、満腹というところまでご馳走になった。その後馴染みのバルで私はカフェ・ソロ(エスプレッソ)、みんなはカフェ・コン・レチェ(カプチーノ)を飲んだ。少ないエスプレッソを大事に飲みながら、この一緒にいる残り少ない時間を気持ちよく噛み締める。
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| フランシスコ・バルバ工房 | ||
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AVEでコルドバから1時間弱南下してセビージャに入る。途中コルドバのときと同じように雨に降られたが、セビージャに着くころには気持ちの良い快晴だった。 小奇麗な白い壁にバルバの名前の入ったタイルを見つける。約束の時間より早かったせいか、呼び鈴を押しても誰も出てくる気配がない。遅いランチに行っているかもしれないなと思いつつ、2ブロックほどの近くのバルで休むことにする。腕にタトゥの入った黒髪で肌が浅黒い女性がニコリともせず出してくれたトニックウォーターで喉を湿らせ、付け合せのオリーブを齧る。こんなときはバルがいい。 しばらくして時間どおりにもう一度訊ねると、ガチャリと大きな木製のドアが開き、バルバの息子が出迎えてくれた。握手をした後、丁寧に上着を預かり、廊下のハンガーに掛けてくれる。
廊下から工房に入る。どうやらここは木工専用の作業場のようだ。白い壁に高い天井、明るい作業場だ。道に面して外に鉄格子が組み込まれた、高さのある観音開きの大きな窓が工房の明かり取りになっている。大きな作業台がその大きな窓の前と少し離れてL字型に二つ並んでいて、窓側の作業台には午前中に修理したであろう駒接着されたギターが膠の乾くのを待っていた。壁にはギターの形をした内型や冶具、そしてクランプや物差しなど道具類が一目でわかるように窓を挟んで両側に吊るされ並んでいる。昔製作したものか、参考品として吊るしてあるようなギターも見える。床の隅にはヘッドまで仕込みの終わったネックが冶具と共に立てかけられ、作業台スペースを除いたおおよそ部屋半分の床に、幾つかの粗取り用の機械がある程度の間隔を持って置かれている。機械の役割を示すかのように、それぞれの脇には半加工された材料が積まれていた。
ギタリストを横目に見ながら隣にある塗装場を覗く。埃まみれの作業場から一転、空気清浄機をかけてあるかのように清潔である。塗装台の綿のシーツは染み一つない。後ろには天井まである大きな作り付けの棚があり、中央に完成間近の作品と、修理であろう時代のついたフラメンコギターが駒を外された状態で塗り上がって置かれていた。その左側にはもうすぐそれら新作が入っていく黒の新品のケースが並び、右側にはギターの形状に曲げ終えられた横板がマスキングテープでぐるぐる巻きに固定され、積み込まれている。そして作業台の目の前の壁側に、カナリヤであろうか、きれいな黄色の鳥が10個ほどのかごの中にきれいな声で歌いながら飛び回っている。その隣には、早く走るために余分なものは一切装着されていない細いタイヤのロードーレーサーが立てかけてある。今まで見た工房の中で一番綺麗でゆとりのある空間かもしれない。
そして約束どおり、父親バルバ本人も帰ってきた。厳格で真面目そうな印象だ。眉に力が入り、口元は真一文字に結ばれているが、優しそうに感じる。思ったとおり自己紹介の後の握手の力が強い。状況を把握して、先ほど息子が仕上げた、木っ端から丸い木製色紙に変わったサウンドホールの表板材にサインを施す。一緒に記念撮影が終わったころ、約束の時間になってしまったので、長くはいられなかったが会えてよかったと思った。 フラメンコの歴史も深い、華の都セビージャでフラメンコギターを製作するバルバ一家。息子も二人いて、真摯に取り組んでいる。一家もセビージャのフラメンコギター界も安泰であろう。ギターの予約を確認したが、なんと未だ3年後だそうだ。わかる気がする。
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