尾野薫の「ギターのはなし」(27)           
 
 ギターの昔話(1)

 最近はギターやギターの歴史に関する書籍も充実していますし、ネットもあるので知ろうと思えばかなり詳しく調べることができます。ここでは製作する立場から、ギターの歴史をもう一度たどり、思いついたことを書こうかと思います。本当のところは分かりませんが、歴史を眺めると色々な意味が見えてきます。答えはひとつではないので、後から訂正するかもしれない思いつきも書いておきます。


 ギターは1800年前後で5コース、6コースの複弦から、6本の単弦に移っていきます。ギターは旋律楽器ではなく、ハーモニーやベース音を出せ、一人で複雑な音楽を構築できます。譜面の音を聞き手に伝えるには、一つ一つの音がクリアーである必要があります。それに適当な空間があれば心地よく音楽を聴けます。当時流行りのギターを人前で弾くことも多くあったろうし、教則本でも単弦を薦めているものもあります。アグアドはフアン・ムュノアに6単弦ギター製作のアドバイスもしています。結果として、人々が単弦の音を好むようになっていきました。

 グラナダの中心にカテドラルがあります。1500年代前半に作られた建物は今も現役で使われているようで、自由に出入りできました。硬い木のベンチに座るとパイプオルガンの単音が長く短く聞こえました。どうやらオルガンの修理か調整のようでしたが、意味のない単音でも、今にも音楽が始まりそうな圧倒的な音色でした。ゴシック様式の凸凹の壁や、ほの暗い高い天井で乱反射した音は体を包み込むようで、音源がどこだか分かりません。何処からか聞こえてくる音楽に身を包まれるような感覚は、天上の音楽にふさわしく、教会音楽には最適の空間だと思いました。オルガンの単音が持っている倍音はひとつの和音のようで、反射して遅れて聞こえる音は心地よい残響を生み出します。リュートや1700年代のバロックギターなどで見られる複弦、多弦は教会の空間が作る音を模倣しようとしていたのかも知れません。複弦は立ち上がりのアタック音が僅かにずれ、遅れて聞こえる反射音のようです。また複弦を開放で同じ音に合せ、ハイポジションで押さえても、同じ音高になるほどの弦の精度はなく、僅かに濁ります。この濁りも暖かな音色に聞こえます。多弦になればなるほど、弾いてない弦の共鳴音が多くなり、教会の残響のようです。模倣が目的ではないのでしょうが、バロックギターの立体的なロゼッタも教会の天井の様に見えてきます。小さな部屋で、こうした複雑な響きをもつ楽器は心地よく聞こえますが、大きな空間で聞けば、空間が作る反射音で響きすぎ、音楽がよく聞き取れません。音楽ホールでは人間の話し言葉がよく聞き取れないのと同じで、響きが多い空間ではクリアーな音源ほど聞き取りやすいです。

 古典派からロマン派に移り変わる時期、ギターの作曲家が多く表れます。カルリ(1770〜1841)、ソル(1778〜1839)、ジュリアーニ(1780〜1840)、アグアド(1784〜1849)、レニャーニ(1790〜1877)、カルカッシ(1792〜1877)、メルツ(1806〜1856)、コスト(1806〜1883)などギターリストにとって重要な人たちです。1800年前後はパリを中心とした北ヨーロッパでギターブームでしたが、製作の方でも色々な試行錯誤があり、より良いと思われる改良が入り乱れています。ギターブームにより、少しずつよその国の事情も知り、需要が増え、製作家も増えますが、何がいいギターか良くわからない時代でもあったと思います。弦の数が5複弦、6複弦、6単弦、と変化していきますが時代や地域で形態が違います。また、それまで駒は、弦を穴に通して結ぶだけでしたが、この時期に今のようなサドルが使われ始めました。サドルは金属のフレットを利用したものや、駒の縁を利用したもの、ヴァイオリンのようなタイプなど、他にも色々表れます。また小さな木ペグを利用し、いまのスチール弦ギターのピンブリッジと同じ構造のものが発案され、サドルとの組み合わせで幾つものパターンになります。今の糸巻きで使われている機械式の糸巻きが発明されたのもこの時期(1820年頃)です。面白いのはエレキギターのように横にペグが出ているタイプも作られています。最近Wホールの駒をよく見かけますが流行なのかもしれません。Wホールは、普通の結び方も出来、音色の違いも確認できます。ロマニリョスのオリジナルで3穴のタイプもあります。Wホールのアイデアは最近のものだと思われがちですが1800年前半には生まれていました。当時は、複弦から単弦に主流が移る時期ですから、ギターを買い換えないで、6複弦のギターに6本の弦を張って使っていた人も多かったはずです。誰かが余った穴を利用して新しい弦の結び方を試したのだと思います。ナットを取替え、糸巻きの木ペグと弦の数が合わないのではなく、ちゃんとWホールを意識したものが作られています。使用者や製作家の間では、「複弦より単弦だよね」、「機械式は調弦が楽だよ」、「このサドルだと弦高調整が出来るよ」と、目新しいギターの品評にうるさかったろうし、「こっちのほうが合理的だ」、「音色のためにはこれだ」と新しい音作りに熱中している製作家も想像できます。もちろん伝統にこだわった製作家もいたはずですが、なんとも楽しそうな時代です。

 1700年頃、ストラディバリウス達が作っていたガット弦のヴァイオリンは本来バロックヴァイオリンと呼ばれる楽器でした。しかし1800年前半にモダンヴァイオリンに改良(改造)されます。弦長を長く、棹の仕込み角を大きく、力木を丈夫に直します。これらの改良はスチ−ル弦の張力に耐えるようにし、力強い音色で音量を増大させるのが主な目的でした。音楽家が次第に宮廷への依存から離れ、ベートーヴェン(1770〜1827)がコンサート形式で生計を立てられるようになった時期ですが、大ホールでの音量が求められていたからです。しかもヨーロッパの楽器商達によって、殆どのバロックヴァイオリンがモダンヴァイオリンに改良されます。ちなみにガット弦に金属細線を巻いた低音用の巻線は1660年には作られているので、バロックヴァイオリンでも使われていたと思われます。金属弦の歴史は古く15世紀頃にはあったようです。チェンバロには金属弦(真鍮)が使用されているし、ピアノ用の太い巻弦が開発されたのは1800年の初めです。1800年頃のギターはガット弦が使われていたと言われていますが、新しい試みが入り乱れた時代ですから、流行りの金属弦を使用したギターもあったような気がします。ピンブリッチは縛りにくい金属弦の為かもしれないし、フレットを利用したサドルや0フレットも金属弦による磨耗を防ぐ為かもしれません。シュタウファー(ドイツ)の弟子のマーチンは1833年渡米し、その後のフォークギターの発展に大きな影響をあたえます。今のフォークギターの原型が生まれた時代ですから、類似した形からの連想でしかないのかもしれません。弦は消耗品ですから確認できませんが、この頃にはガット弦からスチール弦への移行が始まっていたのではと思います。ガット弦用のギターにスチール弦を張りギターを壊してしまったと推定される19世紀ギターが多いと聞きました。順反りや表板の落ち込みの原因と考えているのだと思いますが、ガット弦のままでも同じトラブルは多く、ギターの宿命ですね。北ヨーロッパのギターブームは徐々に衰退していきますが、1900年始め頃にはスチール弦の方が多かったのではないかと思います。

 今ラコート(フランス)が手元にあります。ラベルがはっきり読めませんが1820年代だと思われます。二重に貼った指板や駒交換、表板の割れの補強など修理の手が入っていますが、大きなダメージはなくそのまま弾ける状態です。200年近く経って、今でも音が出せるのはかなり幸運な楽器です。それは修理をしながら大切に扱われたからだと思います。木工製品ですから、ただ大切にしていても200年は持ちません。修理の役割は大きいと思います。出来た当時の音は、はっきりとはわかりません。ガット弦でないし、当時の奏法が指弾きか爪弾きかも良くわかりません。少なくとも二回は裏板を剥がしてあるし、駒交換や割れの修理で表板の厚みも減っているはずです。そして何よりも、当時として出来のいい楽器だったのかどうかもわかりません。でも弾くと当時の音や雰囲気を想像できます。1800年始のギターブームでは、耳もとで音が大きくうるさいヴァイオリンより貴婦人達には人気があったようです。ギターに人気が集まったのは、リュートより調弦が楽だったし、ピアノより手軽だし、ソルはかっこよかったろうし…等色々な理由が想像できます。
 先日パノルモ(イギリス)を弾く機会がありました。1849年のスパニッシュスタイルで、大きな故障や修理はなく、とてもいい状態でした。サドルがなく駒の木を利用している為か、甘く、鈍い音ですが、音色はラコートよりトーレスに近く、力木は7本バーです。ラベルに書いてあるようにスペイン的な音色です。パノルモはソルとの出会いをきっかけに、パヘスなどのスペイン的な工法の影響をうけ、一本棹やペオネスを使って作られています。ラベルに書いてある「スパニッシュスタイル」はこの工法のことか、7本バーのことかはっきりしませんが、ひょっとしてガット弦用に軟らかく作られたギターのことかもしれません。ボディーサイズを大きくしてサドルを使えば無理なくトーレスの音につながるイメージが出来ます。パノルモを弾いていた当時の演奏家にとって、トーレスの音は斬新で驚異的だったと思います。でもトーレスからパノルモを見ると無理なくつながるのは面白いですね。同じつながりで思いつくのはブーシェです。後期のブーシェの音の特徴は、重たく変化していくオルガン的な立ち上がりの低音と、ラコートのような古典的な雰囲気の音質です。ラコートと弾き比べると、後期のブーシェの音は現代版ラコートという気がします。前期のブーシェはスペインのトーレスコピーですが、後期に自国のフランスのラコートを意識していたとすれば、突然のモデルチェンジも民族意識として何となく納得できます。


                    つづく

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